トイト教授は地面に落ちていたセミを拾い上げ、木の幹に
そっと戻した。
自分で捉まることができないのかまたすぐに 落ちた。
足は動くがもう長くはないのだろうと思い、自宅へ 持って帰ることにした。
ティッシュに砂糖水を浸し、セミの口元に当てたが、ただ足をバタつかせ思うように飲ませられなかった。
時計を見ると7時を回っていた。
トイト教授は朝の講義を思い出し、ひとまずセミを日の当たらない涼しいところに置いて出かけた。
運転中もセミのことが気になった。
そして幼い頃に飼っていたカブトムシが死んで号泣したことも思い出していた。
今日の講義は遺伝子の組み換えだった。
トイト「遺伝子の組み換えによって除草剤でも死なない植物を作ることができる。
その結果農薬を使っても遺伝子組み換えの農作物は生き残り、成長を妨げる植物は枯れ、害虫は死んでしまう。
ただこの組み変え技術はまだ不安定さを残していて
100%安全だとは言えないのが実情なんだ。」
トイト教授は午前中の講義を終えて真っ先に帰宅した。
出窓に置いてある白い小皿のセミをそっと持ち上げた。
持った瞬間、軽くなっているのがわかった。
裏返してみると足は動いていなかった。
心で祈り、セミを小さな箱にしまった。
悲しむというよりも生死の不思議さを目の当たりにしたような妙な気持ちになった。
トイト教授はベランダに出て巻きタバコにマッチで火をつけ大きく息を吸い煙を吐き
煙が散っていくのを見つめながら思った。
生きているだけが生命の姿ではないのかもしれない。
トイト教授は書斎に入り、机の三段目の引き出しの鍵を開け中から書類を取り出した。
鍵を机に置き原稿用紙三百枚もある論文を両手で持ち上げた。
論文の題名は『遺伝子組み換えによる自己蘇生システム』だった。
トイト教授はこの研究に生涯を捧げてきた。
愛する家族を病で失い、たった一人になってから死んでも自身で蘇生する研究に没頭した。
実験は成功していた。トイト教授は自身の体を使って実験していたのだ。100歳を超えても体の細胞がすべて蘇生していたから、健康であった。
無茶なことをして呼吸が停止すると自動的に蘇生遺伝子が発動して時間が経つと呼吸が回復して意識が戻った。
だが、学会に発表せずにいた。
今日のセミの死を見て発表しないでよかったと思った。
いずれ誰かが同じ研究を成功させる時が必ず来るが、その時の人類はちゃんと生命と向き合えるようになっていてほしいと願った。
少なくとも今は時期として違うと感じ、ポケットからマッチを取り出し、論文に火をつけて燃やした。
引き出しに大切にしまっていた蘇生液と注射器も処分した。
それから三年後の夏の終わり、トイト教授は体の不調からという理由で勤めていた大学もやめ、自宅で余生を送っていた。
台風が過ぎ去り、地面には落ち葉が散らかっていた。介護士が押す車椅子に乗り、表へ出たトイトは落ち葉の上に仰向けになっているセミを見つけた。
車椅子を自力でこぎ、傍まで行き、腰をかがめ、手を伸ばした。指の先にセミの足が触れた。その時セミは羽をバタつかせ、仰向けのまま回転した。
トイトにはセミが最後の力を振り絞って自身の力で飛び立とうとしているのがよくわかった。
自分で捉まることができないのかまたすぐに 落ちた。
足は動くがもう長くはないのだろうと思い、自宅へ 持って帰ることにした。
ティッシュに砂糖水を浸し、セミの口元に当てたが、ただ足をバタつかせ思うように飲ませられなかった。
時計を見ると7時を回っていた。
トイト教授は朝の講義を思い出し、ひとまずセミを日の当たらない涼しいところに置いて出かけた。
運転中もセミのことが気になった。
そして幼い頃に飼っていたカブトムシが死んで号泣したことも思い出していた。
今日の講義は遺伝子の組み換えだった。
トイト「遺伝子の組み換えによって除草剤でも死なない植物を作ることができる。
その結果農薬を使っても遺伝子組み換えの農作物は生き残り、成長を妨げる植物は枯れ、害虫は死んでしまう。
ただこの組み変え技術はまだ不安定さを残していて
100%安全だとは言えないのが実情なんだ。」
トイト教授は午前中の講義を終えて真っ先に帰宅した。
出窓に置いてある白い小皿のセミをそっと持ち上げた。
持った瞬間、軽くなっているのがわかった。
裏返してみると足は動いていなかった。
心で祈り、セミを小さな箱にしまった。
悲しむというよりも生死の不思議さを目の当たりにしたような妙な気持ちになった。
トイト教授はベランダに出て巻きタバコにマッチで火をつけ大きく息を吸い煙を吐き
煙が散っていくのを見つめながら思った。
生きているだけが生命の姿ではないのかもしれない。
トイト教授は書斎に入り、机の三段目の引き出しの鍵を開け中から書類を取り出した。
鍵を机に置き原稿用紙三百枚もある論文を両手で持ち上げた。
論文の題名は『遺伝子組み換えによる自己蘇生システム』だった。
トイト教授はこの研究に生涯を捧げてきた。
愛する家族を病で失い、たった一人になってから死んでも自身で蘇生する研究に没頭した。
実験は成功していた。トイト教授は自身の体を使って実験していたのだ。100歳を超えても体の細胞がすべて蘇生していたから、健康であった。
無茶なことをして呼吸が停止すると自動的に蘇生遺伝子が発動して時間が経つと呼吸が回復して意識が戻った。
だが、学会に発表せずにいた。
今日のセミの死を見て発表しないでよかったと思った。
いずれ誰かが同じ研究を成功させる時が必ず来るが、その時の人類はちゃんと生命と向き合えるようになっていてほしいと願った。
少なくとも今は時期として違うと感じ、ポケットからマッチを取り出し、論文に火をつけて燃やした。
引き出しに大切にしまっていた蘇生液と注射器も処分した。
それから三年後の夏の終わり、トイト教授は体の不調からという理由で勤めていた大学もやめ、自宅で余生を送っていた。
台風が過ぎ去り、地面には落ち葉が散らかっていた。介護士が押す車椅子に乗り、表へ出たトイトは落ち葉の上に仰向けになっているセミを見つけた。
車椅子を自力でこぎ、傍まで行き、腰をかがめ、手を伸ばした。指の先にセミの足が触れた。その時セミは羽をバタつかせ、仰向けのまま回転した。
トイトにはセミが最後の力を振り絞って自身の力で飛び立とうとしているのがよくわかった。
コメント
コメントを投稿