スキップしてメイン コンテンツに移動

卓志

卓志のあだ名はタクシーだった。子供の頃から乗り物が好きで電車かバスの運転手になりたいと思っていた。
卓志、お前、今度班長に昇格らしいぞ。
またまた〜それ三度目ですよ。
三度目の正直って言うだろ?
卓志は本当に班長に昇格した。

卓志は専門学校の機械科を卒業し、高津重工業に就職した。社内では人気がなかった鉄道車両加工部門に自ら志願し、3年前からこの部門で様々な部品の加工を行っている。
益田さん、これ、図面だと厚さ8ミリで溶接となっていますが、平らじゃないのでこのままじゃ図面通り溶接できません。削ると8ミリ以下になり、強度に問題が出ると思いますけど。
君はこの程度のことも処理できないのか。図面どおりに加工しなさい。それに納期は決まっているんだ。益田は来月で早期退職が決まっている。いわゆるリストラだった。高津重工業は大手だが、景気は良くなかった。手っ取り早いリストラを行うことでなんとか凌ごうとした。
卓志は指示通り削って溶接をした。
残業を終えて帰ろうとする卓志を見た3年先輩の黒川が声を掛けた。どうだ?ちょっと飲むか?
黒川が行きつけの居酒屋で卓志は黒川に聞いてみた。益田さん、大変なんですか。ああ、あの年でリストラされたらもうどこにも行けないからな。俺たちもいつ切られるかわからないぞ。今日部品の加工、やったんですけど、気になることがあって相談したんですけど。図面通りやれって。明日見てもらえませんか。そりゃ無理だな。だってお前、もう溶接し終わったんだろう?あとは納品して先方がチェックするさ。

3か月後卓志たちが作業しているところに見たこともないスーツ姿の大人と折り目のついた作業服を来た主任が入ってきた。
何やら深刻な事態が起きていることは誰の目にもわかった。卓志たちは作業の手を止めた。
主任は作業記録のページを慣れない手つきでめくっていた。
黒川先輩が呼ばれた。
松戸製鉄所から納入された部品を加工したのはお前か。
黒川は明らかに困惑していた。
スーツ姿の大人は真っ赤な顔をして何か言いながら出て行った。黒川と主任は資料が置いてある事務室に入り探しものをしていた。黒川が出て来て卓志を呼んだ。お前が3か月前にした溶接が外れて事故が起こったそうだ。なんでちゃんとしなかったんだ。主任は卓志を事務室に入れて事情を説明した。
新幹線のぞみの車両台車を固定する溶接をしたのは前田君、君か?どの溶接のことですか。とぼけるな。まるで刑事が麻薬常習犯を取り調べるような光景だった。卓志は作業記録を棚から取り出して広げた。どの分ですか。松戸製鉄所から来た部品だ。卓志は冷静になろうと努め、作業記録をめくった。最近では6月3日に部品が154個来て溶接を行いました。黒川、この番号と照合してみろ。間違いありません。そうか。前田君、君は大変なことをしてくれたね。首では済まないからな。
後で調査部の担当が来るから正直に話せ。俺も責任取らされて首か。
状況がつかめないまま卓志はその場に立ち尽くした。
他の作業員も卓志と目を合わさないようにしていた。
そこへワイシャツ姿の小太りの男が入ってきた。
君が前田君?
はい。
何、青い顔して、あ、僕、調査部の高松。よろしく。いや〜さっき現場で見てきたけど、見事に亀裂入ってたよ。ほれ!
高松は写真を何枚か見せた。
図面見せてちょうだい。
これです。
亀裂は溶接部分でないことは明らかだった。
どうなったんですか。
車両点検で見つかって加工したうちにクレームが入ったんだけど、それがどうやらメディアに流れて記事になるらしいのよ。事故にはなってないから。それを聞いて卓志はホッとした。
これからよ、大変なのは。ところで前田君は溶接のとき何か気が付いたことなかった?
実は松戸から来た部品は平らじゃなく下の平らなプレートと溶接できないので溶接する前に益田班長に相談したんです。削って溶接すると厚さが規定の8ミリより薄くなるといったんですが、とにかく納期に間に合わせろと言うことで削りました。写真をみると恐らく強度に耐えられなくて亀裂が入ったと思われます。台車の部分だったんですね。知らなかったんですか。翌日テレビ各局すべてのメディアが一斉に新幹線の台車に亀裂が起こったことを報道した。
違反作業で強度不足
去川社長、深くお詫び申し上げます
安全神話は?
台車枠破断まで3センチ
基準に満たない台車
作業員は安全及び強度に対する意識はなかった。
軸バネ座取付
とにかく削り込んで調整しろ
削り禁止
鋼材の形にばらつき
社内規定注意点が徹底されていなかった
管理監督部門が現場任せ

部材の厚さが薄かったため大きな亀裂に至ったと見られる
高津重工業では、部品を回収し、原因を調査した。JRではすべての車両の台車部分の点検を重点的に行った。結果10台を超す車両に亀裂が見られた。高津重工業は納入したすべての部品100台を回収交換することにした。1週間後JRと高津重工業のトップは同日別会場で謝罪会見を開き、対応について説明した。部品を製作した松戸製鉄所は一切表に出なかった。
卓志は責任を感じ辞表を提出したが、受領されなかった。
卓志、お前のせいで俺まで後始末やらされることになったじゃないか。今晩付き合えよ!

奈緒です。よろしくお願いします。
卓志は初めて女の娘がいる店に来た。
黒川さん、これ。
どうした?太ももの上に手をおいてやれよ。お前、苦手か。
いや、初めてなもので。
奈緒ちゃん、小りすが怯えているぞ。食っちゃえ食っちゃえ。
黒川はベロベロになり、卓志はアパートまで送っていった。ドアの鍵は開いていて中に入ると小さな子供が目をこすりながら起きてきた。お父ちゃん?卓志は部屋を間違えたかと思ったが、黒川は子供の声に反応して、壁によりかかりながら立ち上がった。卓志、ここが俺んちだ。真由、卓志おじちゃんにあいさつしなさい。たくしおじちゃん、こんにちは。こんばんはだろ?ご飯は食ったか。うん。そうか。じゃ、おしっこして、寝なさい。どうした?卓志はとっさに真由のおでこに手を当てた。黒川さん、熱ですよ。病院、連れて行きましょう。すぐに。医者からはインフルエンザと言われ、1日遅かったら大変になっていたらしく、そのまま入院させることになった。
卓志、助かったよ。お前が困っている時俺は自分の保身のため何もしないどころかかかわろうとしなかった。すまなかった。
黒川さん、何を言ってるんですか。黒川さんはいつも僕のそばにいてくれるし、おごってくれてるじゃないですか。ありがたいと思ってるんですよ。黒川は目に涙を浮かべ笑いながらタバコに火をつけた。今日は休むけど、あとは俺に任せろ。はい、よろしくお願いします。お前を班長にさせてやる。え?いいから。行け。
卓志は一睡もせず、作業に入った。前田さん、横崎と言います。今日からこちらで作業することになりました。見ない顔だけど、新人さん?
はい、先週研修を終えて来ました。そうですか。大変ですけど、よろしくお願いします。
新人の横崎と黒川の三名で部品の溶接が始まった。
お疲れ様でした。
お疲れ様でした。
交換作業も順調に進み、今日は定刻の退勤となった。
どうだ、今日は横崎君の歓迎会をしないか。横崎君、予定は?
いえ、これから家に帰るだけですけど。じゃ、決まりだ。今日は卓志と俺のおごりだ。
三人は連れ立ってスナックに行った。
黒川行きつけの店ライトボックスについた。
女の子が三人来てソファーに腰掛けた。奈緒は別の客の相手をしていた。卓志を見て会釈した。香織です。沙織です。詩織です。セロリーです。
黒川さん、ウケる〜
カロリーメイトです。
誰も笑わなかった。
奈緒の横にいた男が立ち上がった。会計を済ませ店を出て行った。
卓志、どうした?
いや、何でもないです。卓志はこの男に見覚えがあったが思い出せなかった。
ちょっと遅くなりましたが、横崎君の入社歓迎会を始めたいと思います。そして卓志君の班長昇格前祝い。乾杯。何言ってるんですか。いいから。卓志さん、班長?違います。乾杯!
沙織が別のテーブルに行き、代わりに奈緒が横崎のとなりに座った。ご無沙汰と言っていきなり卓志の太ももをつねった。
おいおい、何だ、二人できてんのか。卓志は何でつねられたわからなかった。真由は卓志のグラスにお酒を作り、卓志の前に置いた。卓志、飲めって言ってるよ。ああ、どうも。今日の奈緒は変だった。
帰り際、ママが奈緒を連れて来た。ママが促すと真由は卓志に一礼した。ごめんなさいね。この子今日ちょっと飲みすぎちゃってて。

卓志はアパートに戻りベットに仰向けになった。
お兄ちゃん、こっち。お花が咲いてるよ。
危ないから行くな。
咲き!!

卓志は本部長に呼ばれた。
前田卓志君、本日より君は班長だ。よろしく頼むよ。
はい。

卓志は深く頭を下げた。

頭を上げると作業服を着た
男がいた。

前田君、主任の山口です。よろしく。

よろしくお願いします。

前田君、ちょっと話があるんだ。今晩空いてる?

卓志は山口から受け取った名刺の場所に向かった。

雨が降ってきた。
傘をさすのも面倒だからとそのまま駅まで走った。
後ろから一台の車が来て卓志の横で止まった。ドアが開いて中から女が降りた。ブランドに身を包み、フレグランスを漂わせながら、卓志に近づいた。
女は卓志に声を掛けた。
お兄ちゃん!
お兄ちゃん?
私よ。朱里
あかり?人違いじゃないですか
覚えてないんだ、卓志兄ちゃん。卓志は女の髪に雨が落ちるのが気になり、傘をかけてやった。ありがとう。その時車のドアがあき男が女に傘を渡した。
僕には妹いないんですけど。
女はスマホの画像を見せた。
そこには子供の頃の卓志と両親そして女の子が写っていた。
男が車から降りて女に耳打ちした。
お兄ちゃん、私行かなきゃ、これ見て
あかりという女は封筒を渡すとマイバッハに乗り込み、去っていった。

改札を出ると雨はやんでいた。
卓志は住所を見ながら歩いた。商店街を通り抜けて左の路地の辺りらしかった。
あった。ここか。
前田君、ドアは開いてるから上がってきて。
山口は三階の窓から卓志を見下ろしながら言った。
卓志は階段を上がった。
ドアを開けて入ると、山口が立っていた。
よく来てくれた。ボス、卓志君です。山口の右手の先に60過ぎの男が背もたれつきの椅子に座っていた
おお、卓志、よく来た。
男は立ち上がり、卓志の前に来た。
卓志は黒川の行きつけの店にいた男だとわかった。
男は卓志の叔父だと言った。

卓志が小学生の時両親は離婚した。父親は出て行き、母親に育てられたが、母親は5年前にこの世を去った。一度だけ親戚のうちへ行ったことはあったが、はっきりと覚えていない。卓志は男に卓志が親戚のうちに行った時の写真を見せられた。

今日はなんて日なんだ。
妹が現れたり、叔父が現れたりと何かあるのか。

ちょっと頭を整理させてください。

まあ、いいだろう。

この写真を見せるために僕を読んだんですか。

実は、丸岡組の御曹司なんだ。
何を言っているんですか。

君の本当の父親である丸岡氏が今朝なくなった。

え?

君は今狙われている。ただ相手もすぐに君をどうこうできない。

君の記憶を狙っている。
君のお父さんは君が子供の時にある技術を託した。君の記憶にある。
僕は何も覚えていません。
今後の日本のいやこの地球の未来がかかっている技術だからそう簡単には思い出せないようになっている。
だが、近いうちに思い出すだろう。そのことを知っている人間が君を狙っている。
君自身が思い出さないといけない。

君の警護は我々が行う。
常に君を守っている。

元素レベルで変化させる技術だ。レアアースに悩む企業はほしがるだろうし、レアアースを採掘しているものからすれば邪魔になる。そして核融合も簡単にできる。有害な核廃棄物も処理できる。ノーベル賞100万個分の技術だ。今この技術が渡ってしまうと危険だ。国も滅ばされる。この先のことは私もわからない。

卓志は雑居ビルをあとにした。
餃子の看板があり、中に入った。ニュースでは丸岡組のことは流れていなかった。

何かのいたずらに違いないとも思った。

山口とはこのことについて話すことはなく知らないふりなのかあえて話そうとしないのかそれとも狐につままれているのかわけがわからなかった。
中国から依頼があり、高鉄中国の新幹線の部品の加工のため中国の天津を訪れることになった。

高鉄公司の頂です。よろしくお願いします。
流暢な日本語を話す三十代の女が現れ通訳をすることになった。トップを紹介された。
カートに工場の敷地に入ると空港の滑走路かと思うほどの広さに鉄鋼を積んだトラックが何十台も待機しており、巨大なクレーンで卸されていた。
車両はフランス製だが、台座を日本製にしたいとのことだった。図面を受け取り日本へ戻ってすぐ取り掛かることになった。

それとは別にバッテリー開発室を見せてもらった。
日本人の研究者がいた。
日本で自身の研究が認められなかったということで10年前に中国に渡ったそうで数々の新型バッテリーを開発した。
卓志を見るなり、驚いた。卓志の父親と研究所で働いていたという。
父のこと教えてください。
若い頃アフリカに行って偶然隕石を発見したんだ。地球上にはない元素が多く含まれていてどうやら人工的に作られたものだとわかり、その石を介すればレアアースが作られることがわかったんだ。それで丸岡ゼンジ、君の祖父が出資して会社を立上げ、提供元となった。ただ製造方法と石についてはわからなくなった。
卓志は日本に戻り、丸岡組を訪れた。
朱里が出てきた。
お兄ちゃん、やっと来てくれたのね。もしかして思い出したの
教えてくれないか。

朱里は卓志を地下室につれていった

お父さんは10年前までここで触媒を研究していたの。

ただ資料は残さずに全部処分したみたい。

おじさんはお兄ちゃんの記憶に埋め込まれていることを知っていて、それを狙ってるわ。

更にアメリカ、ロシア、中国もお兄ちゃんから聞き出そうと動くと思う。お父さんは危険だと特許どころか製造も一人で行い、感染して、死んだ。

そしてお兄ちゃんとの親子関係もなかったようにしたのだと思う。まだ在庫があるからこっちはやってイケてる。

卓志は有給を取り、中国の中関村を訪れた。高鉄の日本人研究者の中村とホテルで待ち合わせていた。

卓志君、君のお父さんが残していたメモが見つかったよ。

便箋に細かい数式や文字が書かれてあった。

何が書いてあるんですか。
手紙からダークマターが作りだされ、卓志の記憶が蘇る。

意味のない数式と文字だよ。
恐らくカムフラージュだね。



あ、それから検索しないでね。監視の対象となるから。

コメント