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喫茶店

喫茶店がない町はほとんどないだろう。
その喫茶店に訪れる人はどんな人なのだろうか。
コーヒーを堪能したいだけの人、知り合いと待ち合わせの場として利用している人、
買い物帰りにちょっと一息つく人、気の合う仲間同士でおしゃべりを楽しむ人たちなど、
そして忘れてはいけないのは誰にも邪魔されずに独りになりたいと考える人だろう。

実は、ここに登場する大矢はそんな一人である。そして彼を中心にこの物語は展開していく。

僕は喫茶店に入るといつもこの場所にすわることにしている。
それはこの席が店の一番奥にあって壁に囲まれているからだ。
客が少なくて、店員に広い眺めのいい席を勧められても僕はここにすわることにしている。
階段の下にあるこの席は椅子がひとつしか置けないところもいいと思っている。
僕はこの席につくとすべてから解放されたように落ち着くことができる。
そして自分の世界に入っていける。今日はハーブティを頼んだ。
すぐに飲まずに少しさめるまで目を閉じて待つことにした。
大矢さんですか。僕はたぶん一瞬寝入ってしまったのだろう。
その声にはっとして、目を開けた。目の前に人の顔があった。
あまりに近いので誰だかわからなかった。いい香水のにおいがした。
やっぱり間違いない大矢君でしょ。高校の時同じクラスだった関口恵美。
やだ覚えてないの?僕は頭のリストを検索。うん、なんとなく思い出した。
大矢君ぜんぜん変わらないな。店の人に椅子を用意してもらって彼女は僕の脇に腰掛けた。
そしてかばんから名刺を取り出して僕の目の前に置いた。芦田法律事務所と書かれてあった。
えっ弁護士?僕は彼女の調子に釣られてしまっていた。大矢君は何してるの?
一瞬間をおいてリース会社と答えていた。失業中とは言えなかった。
今ちょっと名刺切らしているからまた今度会ったとき。
担任だった鈴木先生のこと聞いてる?いや、どうかしたの?
数学が苦手だった僕は特に目をつけられていたからその時のことを思い出した。
娘さんから聞いたんだけど末期の癌で余命は長くないそうよ。
それで大西君に話したらみんなで集まって同窓会しようってことになったの。
そう。僕は気のない返事をした。じゃ、日程が決まったらまた連絡するね。わかったとだけ答えた。
そして彼女は僕のハーブティを一口で飲み干し出て行ってしまった。

 少し寒気がした。僕はいつの間にか眠ってしまっていた。
目を開けると目の前のハーブティが冷めて減っていた。
さっきまでいたはずのカップルも違う客と入れ替わっていた。
店員がやってきてお湯を足してくれた。今度はなぜか熱いまま飲んでいた。


 僕はトイレにたった。トイレの窓から夕日が差し込んでいた。
今日はちょっと長居をしてしまったと思った。おなかもすいていた。

 僕は朝食は取らず、コーヒーだけで済ませている。何時頃からかはっきりとは
思い出せないが、たぶんあの出来事からだったと思う。

 大学を卒業して、大手広告代理店に勤めた。ちょうどバブルの真最中で金は天下の回り物という
言葉が僕の周りでもよく聞かれ、みんな金を使っていた。

 大手製薬会社の担当になり、すぐにチーフに抜擢され、CMも当たり、年収も同年代の4,5倍は
もらっていた。

 

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